文章は文字で読者と会話する道具である。
それゆえ、主張したいことや強調したいことが出てくると、どうしても目にとめてほしい思いが先行してしまう。
やりがちな失敗として、体言止めを使って、目を引こうとすることです。
書き手側からすると、文章が前後しても、意味は通じるだろうと思ってしまうが、そこに見落としている部分がある。
じっくりとは読んでいない
「読むので精一杯」
これが読み手(読者)の本音です。
書き手は通じるだろうと考え、読み手は疲れると見向きもしない。悲しいかな、はじめから折り合いがつかない。それなのに、書き手の思い上がりが先走って、どんどん読み手から遠ざかっていくのが、実情なのです。
「言わんとしているのはわかるけども・・・」
ふむ。では例をあげて、比べてみましょう。あくまでも読み手(読者)視点で判定してくださいな。
例文
ある日、幼き少年は悪魔の手先に両親を殺された。
ひとりになってしまった少年は、知り合いの家に預けられ育てられた。
そこから月日がたち、少年は青年になり、積年の想いを果たそうとしていた。
かつて両親を殺した悪魔を倒すべく、仲間を集い、仇を討つべく旅に出るためだ。
はたして、旅の先に待ち構えているものとは何なのか。今、勇者が大人になる階段を上り始めた。
これが体言止めで書かれていたらどうなるのか。赤マーカーの部分が体言止めです。
ある日、悪魔に両親を殺された少年。
ひとりぼっちになり、知り合いに預けられ育てられた、少年。
月日がたち、少年は青年へと成長して、積年の想いを果たそうとしてるのだ。
かつて両親を殺した悪魔を倒すべく、仲間を集い、仇を討つべく旅に出るためだ。
はたして何なのか、旅の先に待ち構えているものは。今大人の階段を上り始めた、勇者。
比べてみてどうでしょうか?
ぱっと見、かっこよくみえる体言止めが、どうにもこうにも読みづらいなと感じたのではないでしょうか。
どうしても使いたいのなら見出しで使え
読み手(読者)視点でみるなら、体言止めは避けるべきものであることは、はっきりしたと思います。
「とはいえ使いたいな・・・」
それならば、見出しに使うのはどうでしょうか。
見出しならば、たとえ文章が崩れていても、意味が通じるのなら問題はありません。
なにより、目を引くという目的は達しているので、効果的ともいえます。
見渡してみるとこんなのがあります。例えば・・・
- 値上がり前の今が、まとめ買いのチャンス (スーパーのチラシ)
- 異彩を放つ作家たちが描くせかい (美術館のパンフレット)
- さわってわかる!宇宙ステーションのくらし (イベントの題名)
見出しで興味をもたせて、説明文で掘り下げるのが無難なやり方といえそうです。
まとめ
文中には体言止めは使うな。使うのなら、見出しで興味を引き出せ!
あくまでも、内容に興味をもつかどうかであって、技法ばかりこだわるのも本末転倒です。
あなたが応援したいお客さんに対して、思いが伝わるような文章を書いていくのが正攻法といえます。
陰ながら応援しています。
では!